トモダチ

昔から、「友だち」って何なんだろう?と考えてきた。

このなんともあやふやな言葉はどう捉えるべきかと。

 

年齢とともに自分の中で概念が変わってくる。

子どものころから10代までは、その「友だち」全体が、いかに自分と関わるかというものだった。行動範囲が限られて、学校に行くのが仕事みたいだとそうなる。

 

転校をしていた私は、友人関係って常に変わっていくものなんだなということを10歳になる前にすっかり学習してしまった。

 

20代に入ると、「学生時代の友人」「仕事関係の友だち」「SNSの友達」と、カテゴリーが分かれてきて、しかも、その「友だち」に会う機会もまばらになってくる。数か月ぶりとか、何年かぶりに会うことも普通。人間関係って長期的に見ていくものなんだと知った。そして人間関係も時と場合によって形が変わるため、適度な人付き合いについてたくさん学習しなければならなかった。

 

30代になって気が付いた。今この瞬間に何か通じることがあると、人はフレンドシップを感じるということを。

 

アメリカの大統領が、政治仲間に対して友人と呼んだり、「世界の友人のみなさん」と演説しているのも分かるようになった。「全人類は友人」だから仲良くしていこうよ、ではない。何か特定の課題に立ち向かったり、共通項があるから「私たち友人」と呼びかけているのだと思う。

 

どうもこれから先の年代でも、「友人」の定義はますます変わっていきそうだ。

70歳くらいで「友人はもういらない」と語る人をみると、私にはまだその境地は理解できない。

 

だったら、このあやふやな言葉の定義を常に感じつつ生きていくことはとても人生の醍醐味があることなんじゃないかと思ってみたりする。

 

 

広告を非表示にする