お寺で過ごす

10年ほど前、26歳のとき、

京都のお寺で”修行体験”というものをしたことがある。

 

といっても、お昼に精進料理をいただいたり、

住職の方からお話を聞いて、半日ほど過ごすというものだった。

 

当時私は、学生のときから考えていた社会人としての「目標」が、

私にとって現実味のない目標であったことを悟ってしまい、

仕事を辞め、

「目標」を失ったうえに、

社会に出て壁にぶち当たっていた。

 

そのころ、女性がお寺で修行体験するというのが一つのブームになっていて、

私は雑誌で見たお寺に行くことにした。

 

朝、期待と不安のまま東京から新幹線に乗った。

半日とはいえ、はじめての体験がいろいろあった中で、一番得たのは、

「いかに現実世界で生きていくか」というのが仏教の教えてあることだった。

 

現実逃避をしたいと思って行った京都で、

私は、現実の社会を生きたいと強く思って、

夕方、帰りの新幹線に乗った。

 

それ以来、「現実社会を生きる」という私の思いは変わっていない。

 

それから10年たって、お寺で仕事をする機会に巡り合った。

前の会社を辞めて偶然働くことになったわけだけど。

 

面白いことに、お寺という場所なのに、私の仕事は、それまでの社会人生活でやってきたことと同じ。

 

さらに、お寺という場所にいると、世の中をまた違う角度から見ることができるという新たな体験までついていた。

 

人が社会で生きることについて、実体験を超えて、これほど人生で考えた時期はないとおもう。

 

 

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