編集と広報の仕事で同じこと、異なること

私は、これまで

 

翻訳→編集→広報

 

という転職をしてきた。

 

同じ人間がしているのだから、

一般的にはどれも違う仕事なのに、

自分の中では”別モノ”ではない。

もちろん、ストーリーとしてつながっている。

 

幸いなことに、

転職のたびに、

これまでの私の経験を”別の角度”で活かすことができている。

 

それでもやはり、

仕事によって違いがある。

 

その最たるものが、

私目線でいえば、

「仕事のことがずっと頭の中にあるか」だ。

 

編集の仕事をしていたときは、

なんだかんだいって、いつも頭の中に仕事のことがあった。

 

頭にあったことは、

純粋に仕事のコンテンツに関することもあったけど、

人間関係などでも気がかりなこと、

仕事を進めるうえで悩ましいこと、

なんかも混ざっていた。

 

だから、ひっくるめると、

仕事をすると疲れる気がしていたものだ。。。

 

広報の仕事をすると、

仕事は仕事で割り切れる自分がいる。

 

広報の仕事をしていても、

編集的な仕事をする場面に遭遇すると、

やはり以前のスタンスに戻って、

頭の中を占める時間が長くなる。

 

だから、考えてる自分を卒業したわけでなく、

仕事の性質上、そうなってしまうようだ。

それだけでなく、そういう仕事が好きってことなんじゃないか。

 

私にとっては、広報の仕事は、より”人間勝負”というカラーが強い。

編集の仕事は、私という人間のシルエットから、外枠に何かを形作っていく。

 

どちらも客観的に自分をみつめるけど、

「書き言葉」にするには、何度も自分の中でトライするプロセスが介入するから

まとまるまで逡巡する時間を要している。

 

そもそも、仕事のゴール(与えるもの)が違うしね。

 

けれど、どちらもさまざまな人の”思い”を感じるとることができる仕事だと思っている。

 

「 華やかな仕事だね」と言われることもあり、

そういう側面もあるのかもしれないけど、

それはほんの一部。

 

 仕事って、働きながら、周りの人を盛りたてていくという点に関しては、

どの仕事も同じだと思っている。

 

常にお互い、誰かのために働いている。

 

 自分を活かして、誰かのために。

 

 

編集も、広報も、現場で仕事をしてる人がいなかったら成り立たない^^

サポートしたり、調整したり、交渉したり、してきた時間も多かったな、と

社会人生活を振り返って思っている。

 

そして、そういうことも結構好き。

 なんだけど、やっぱり大変な役目だから、

誰かがしてくれると、なんて有難い!と感謝してます^^