どんなプレイヤーになるか

文化や芸術の仕事をしたいと考えるとき、

どんな風にやっていけるか、誰しも考えるものだと思う。

 

理想的な働き方を考える時、

仕事として成り立つのかな、と。

 

文化や芸術のフィールドに何を求め、

どんな風に関わりたいか。

 

その前に、チャンスがあるのか、というところから始まるかもしれない。

 

仕事として成立するには、

ある意味、世の中から求められ、

経済的な循環も必要になる。

 

そもそも、

文化や芸術が”事業”として社会に存在するためには、

資金的な問題もクリアしないといけない。

 

なのに、そこを考えると、

可能性の扉が閉ざされてしまう感じがある。

 

”消費者”としては、資金的な土台の上に成り立っている前提で、

鑑賞していくわけなんだけど・・・

 

マネタイズの部分は、

文化や芸術の世界では

あいにく相反する要素に思えてくる。

 

だから、

自分の理想がどこにあって

どんな風に関われるか、

一般的に、よくよく考えてしまうことになる。

 

文化や芸術への関わり方は様々ある。

 

消費者として、鑑賞する側に回るのも、大切な役割。

パフォーマーとして、芸を高める当事者もいるし、

事業体を運営していく人も必要。

プロデュースしたり、

道具を作る人、

メディアで世の中に情報を提供する人だっているし、

ギャラリーやディーラー、

学術的な価値を考える専門家もいる。

 

さまざまなプレイヤーがいて、

文化や芸術のフィールドが成り立つから、

結局、自分はどこにいたいのか、それが大事。

 

私は、お茶のお稽古をして、

自分がお茶を点てる当事者になりたいと思ったのと同時に、

文化や芸術について書く仕事をしたいという気持ちが明らかになった。

 

お茶は、さまざまな要素との接点が多いから、

お稽古をしていくと、

時の経過とともに、

いろいろな思いになる。

 

文化や芸術の道も、終わりない。

 

最終的には、関わり方を自分で決めていくことになるのだと思っている。